ベッドルーム・スタディのすすめ
ヴィンセント・ヴァン・ゴッホは1888年春からアルル地方の「黄色い家」に一人で住みはじめました。
この「黄色い家」というのは外観を真っ黄色に塗った石造りの3階建てで、尊敬していたゴーギャンと同居するために移り住んだ家です。
ゴッホはきたるべく同居を待ち望みながら、部屋に家具や調度品などを整えはじめました。
寝室にはもちろんベッドを置いていましたが、これが農夫用の頑丈で大きい木製のものだったといいます。
ちなみに、当時のベッドは鉄製がほとんどだったようです。
もちろん羽毛 ふとんのような寝具はありません。
だから、この丸太むきだしの武骨なベッドははた目には変な感じに映ったかもしれません。
しかし、ゴッホはこの無愛想なベッドに安らぎを覚えていたといいます。
寝室には家具らしい家具も置かず、壁に数点の自画像をかけておく程度でした。
ベッドといえば、ノーベル賞作家のジョン・スタインベックがよく話題になります。
スタインベックはもっぱらベッドルームで執筆したことで知られています。
マーク・トウェインがやはりベッドの中で原稿を書いたことに触れ、スタインベックは
「肉体的に楽だと、心が自由に働いて集中できる」と日記に書いています。
このようなベッドルーム・スタディで有名な人物というと、元素周期表のメンデレエフやベンゼン核のケクレが有名ですが、日本の偉大なる科学者、湯川秀樹博士もまた寝床で「中間子理論」の大発見につながる糸ロをつかんだことで知られています。
ある台風の夜のことでした。
雨戸がガタガタして寝つけずにいた博士がそのうちうとうことし始めたとき、あのノーベル物理学賞を受賞した中間子理論の着想がわいたといいま謁す。
そういえば、日本人でもう一人、寝床でノーベル賞の発端をつかんだ科学者がいました。
「フロンティア電子理論」の福井謙一博士がその人ですね。