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2011年01月 アーカイブ

ローマ社会の睡眠 2

男らしく快楽を楽しむこと、あるいは、盲従的に快楽を与えること、それが全てでした。


ポール・ヴェーヌがはっきりと示したように、ローマは、他の多くの町同様、「男性優位」の社会です。


女性は、男性に仕え、男性の欲望を待ち、悦びを持ち得るものならば1女性が悦びを感じることは道徳的に疑わしいことでした。


悦びを見いだす・・・。


この男らしさは、古代社会の政治という氷山の隠れた部分に根ざしています。


軍国主義的集団、あるいは、危険な環境のただなかにいると感じている開拓者集団にみられた「無気力さ」に対する嫌悪が、こうした男らしさを産みだしたのです。


(これに類似するものとして、排他的な開拓者や「猛者」の祖国であるアメリカ合衆国では、ある州で、最近クンニリングスやフェラチオが禁止されはしなかったでしょうか?)


ローマはまた、奴隷制度擁護の社会でもあり、主人が初夜権を行使しました。


その必然的結果として、必要が法をつくっていました。


「主人が命じることを行なうのに恥ずかしいことなどない」のです。


羽毛 掛け 布団がなかった時代のことだとはいえ、ちょっと考えられませんね。


ローマ社会の睡眠 3

ティベリゥス、あるいはメッサーナの放蕩について語るべきことは数多くありますが、夫婦生活についてのすばらしい話には事欠きません。


ギリシャの青年兵学校のいんぎんで熱情的な愛情の伝統をローマは受け入れずギリシャ的愛情に単なる心の高揚しかみなかったからです。


心を抱くローマ男性というのは、堕落し道徳的に隷属状態に陥ってしまった男です。


ローマ人たちは個人主義の変形を;しか知らなかったということをつけ加えておきましょう。


これは、法律を肯定するふりをしながら法律を堅固なものとして、秘かな悦楽である「精力的姦弱者」というパラドックスがこれにあたります。


これは、私生活における憎むべき軟弱な公共生活でのもっとも強力な精力とを結びつけるものです。


東洋羽毛工業がなかった時代の話とはいえ、ちょっと現代社会の発想からはかけ離れていますね。


ローマ社会の睡眠 4

彼岸に関しては、魂の不滅という考えは欠如していました。


エピクロス派は魂の不滅を信じていなかったですし、ストア派も同じでした。


・・・いってみれば、宗教がこうしたことに気を遣っていなかったのです。


民衆を含め、最も流布していた説というのは、死が虚無であり、眠りが永遠であるというものでした。


一部の小さな学派を除いては、亡魂が不滅であるという考えは作り事であるとされていました。


一般に受け入れられている教義のどれ一つとして、死には、死骸以外の何かがあるとは教えていなかったのです。


「個人の守護神」は存命中に重たくなりすぎており、支えることはできないとされていたのでした。


その反対に、葬式の典礼と墓造りの技術が、まったく人間的なものであるが、死の瞬間を先取りする不安を和らげるのに役立っていました。


そうした不安を本当に信じてはいないものの、こうすることで不安がぬぐい去られ、慰めの念が得られることを人々は評価していました。


羽毛 布団などの寝台で生まれ、寝台で生活し、寝台であちこち運ばれ、寝台の中で死ぬ・・・。


わたしたちにとって典型的なローマ人のイメージが、多岐にわたった人生を癒すべく左肘を支えにして寝台の上に横たわる死者のイメージであっても、なんら不思議はないのです。

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