お布団の歴史って
布団にもなかなかの歴史があるものですね。
最近面白いことを知ったのでここで紹介したいと思います。
江戸時代にふとんが一般的に使われるようになったそうですが、それは遊郭が発祥の地だったそうです。
さて、遊郭というのは、郭(くるわ=曲輪)とよぶ、かこいとか水をたたえた濠をめぐらした一区画に遊女を集めた遊び場のことです。
「傾城町の外、傾城商業致すべからず」(元和3年・1617吉原条目)
・・・とあるような独占権があたえられると、一般世間とは切り離されたこの世界特有のしきたり、特に遊女を格づけする階級制度が固定してきました。
延宝6年(1678)に畠山箕山という好事家の書きのこした『色道大鏡』によると・・・
遊廓の女郎には太夫職・三八・天職・囲職・端女の五階級があり、きびしい階級の差別が定められていたようです。
遊女の階級はそのまま、遊料(ゆうりょう)と称する揚代(揚銭)にあらわれます。
『色道大鏡』に記された京都島原での遊料をあげると太夫職58匁、天職30匁、囲職18匁、端女11匁とあります。
60匁が1両、1両が大ざっぱに今の2万円くらいにあたるとしても、大した額ではないようにみえます。
しかし、じっさいは遊料(揚銭)だけで遊べるわけでなく、太夫を揚げて遊ぶとなると、茶屋への払いが40両、太夫への贈物30両など、総額100両ぐらいの用意は必要であったといいます。
これが普通の太夫を買う場合の相場。
一世の名妓とうたわれた京の吉野太夫とか大坂の夕霧太夫、江戸の高尾太夫などになると、とても現代の100万や200万の金ではおよびもつかない多額の費用が必要であったそうですよ。
超高級ですね。